白人労働者の「悲しみ」が産んだアイデンティティ政治とトランプ、インテリエリートとのずれ

白人労働者の「悲しみ」が産んだアイデンティティ政治とトランプ、インテリエリートとのずれ

  

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アメリカの新聞ニューヨークタイムズのコラムニスト、デイビッド・ブルックスは、トランプ大統領の政治的手法の特徴を「アイデンティティ政治」と述べ、これまでの白人至上主義との違いを強調する。 

移民を憎み、黒人やヒスパニックを憎み、ポリティカルコレクトネスを憎む。一見ただの白人至上主義のように見えるトランプ支持者たちだが、しかし彼らの根底には「被害者意識」があり、これが白人至上主義との違いなのだとブルックスは述べる。

 

アイデンティティとは「私を私たらしめる認識」のこと。

1970年代以後、没落し困窮し、ひとつひとつ自らを誇り規定するものが剥ぎ取られてきた白人労働者階級に対し、トランプは彼らの残された最後のアイデンティ、「白人であることの誇り」を訴え続けてきた。

 

アメリカは開拓の地だけあって「セルフメイドマン=自分で何でもやれる男」が理想とされ、自己責任論が人々の間で支配的であり、所謂 ”負け組” への侮蔑感情が強い。そのような中で白人の貧困者なり白人労働者階級は、「ホワイト トラッシュ(白いクズ)」と呼ばれ、蔑視の憂き目にあってきた。

 

ozawa-tsukasa-binbou.hatenadiary.jp

 

 

くわえて議会もエリートの代理戦争となってしまっており、救いようがない。

共和党が資本家を代表するのはもちろんとして、民主党も1960年代に労働組合を見捨てて以来、現在ではインテリエリートと有色人種や黒人などマイノリティの代表機関となり、白人労働者階級の声を代弁する政党がないと指摘するのは、ノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートンである。

www.nikkei.com

 

結果、貧困著しい中南部ではドラッグやアルコール中毒、自殺が蔓延し、平均年齢が発展途上国なみの地域さえあるのが現状だ。

socius101.com

 

 以下の文章においては、ブルックスがいかにもなインテリエリートらしい論理的緻密さと実証データをもって、アイデンティティ政治の誤謬を説いている。

その主張内容はもっともなのだが、しかしどれだけブルックスが高説を垂れようと、白人労働者階級の悲しみを埋めることはできないし、彼らの悲惨な生活を改善することもできず、アイデンティティ政治の侵攻を食い止めることもできないだろう。

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・アイデンティティ政治が引き起こすアメリカの混乱 -デイビッド・ブルックス

かつて私たちは、哲学的・思想的な違いを持ち得ていた。そこでの政治は、自由主義者と保守主義者の討論の場であり、政府の見解や私たちの価値観の相違、そして世界におけるアメリカの在り方についての議論の場だった。

しかし2016年、これらすべてが「アイデンティティ政治」により台無しにされてしまった。

つまりアイデンティティ政治とは、社会的不公正の犠牲になっているジェンダー、人種、民族、性的指向、障害などの特定のアイデンティティに基づく政治活動である。

この政治下では人種や階級によって、人々や国家が引き裂かれている。すなわちあなたはネイティブの白人である移民者であるか、エリート家庭や人材であるかそうではないか、などなどである。

アメリカの政治はもはや、平等な討論や議論の場では無くなってしまった。議論の対象となるすべての問題や困難との関りを、政治が遮断してしまっているのである。

これ自体はドナルド・トランプが発明したものではない。しかし彼は今まさにアイデンティティ政治を具体化ようとしている。

 

今週水曜日、夕方の移民に関する演説では、トランプ氏からは主に2つの政策が語られた。

1つは、アメリカは利益追求のためには手段は問わない「寡頭 (少数独裁) 政治」を行う意向であること、2つめは、アメリカの安定雇用や治安維持を脅かす移民など、外国人によるリスクを排除するべきだとのことである。

確かに富裕層の社会的影響は大きく、外国人移民による犯罪が起こっているのも事実であり、演説で話されたトランプ氏の2つの政策を完全に否定はできない。しかしトランプはことを大きく荒げて、自身の都合の良いほうへと物事を変えてしまう。

彼の指摘では、移民の増加が中流階級への混乱を引き起こしたとしているが、それは根拠がない。研究によって、移民男性による暴力犯罪の割合は少なく、移民の定着はアメリカの治安向上に貢献しているとのデータが明らかにされている。

実際、高校卒業以下の学歴の成人男性の犯罪率を比較した場合、移民成人男性(メキシコ、グアテマラ、サルバドール生まれの男性)の逮捕率2-3%に対し、アメリカ人成人男性の逮捕率は11%と高い数値になっている。

 

トランプ氏はまた移民問題において、アメリカ人の雇用が奪われていると主張しているが、これも真実とは異なる。

雇用については多くの議論が行われているものの、多くの研究によって、移民がアメリカ人の賃金や雇用・失業水準に及ぼす影響は限定的だと発表されている。

くわえて移民者の多くは、英語コミュニケーションが少なく、資格やスキルも必要としない、キャッシャーや清掃、農業や調理補助などの職業に就く傾向があり、賃金の低下問題も主に移民間で起きる。

トランプはまた、移民によってアメリカ人の利益拡大の妨げが起こっているとも伝えているが、これも間違っている。実際は、前述したような移民が務める仕事によって、アメリカ人は恩恵を受ける方が多い。ジョン・マクラーレンが率いるインディアン大学の研究によれば、移民は生産者と消費者の両者にもなるため、移民1人辺りの経済効果は1.2倍の雇用を生み出しているとの統計がある。

例えば「新しいアメリカ経済のパートナーシップ」からの報告によれば、2011年の新規小企業全体の28%は移民によって運営されているとのデータが存在する。

また2006年から2012年の間にシリコンバレーで新設された技術系新興企業の40%以上は、外国生まれの役員を含む創業者達によってできたとの報告もある。

経済政策に積極的な都市では、更なる利益拡大のため、移民の獲得に力をいれているのが実情だ。テッド・ヘンソンは「The Atlantic」の中で、ニューヨーク、シカゴ、ヒューストン、ロサンゼルスなどのアメリカ経済におけるシェアの高い地域では、移民が労働供給全体の44%を補っていると指摘した。

 

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アイデンティティ政治は二つの点で歪んだ政治を作り上げてしまっている。

 

まず第一に、人々の二極化によって、世界を明暗に分けていること。例えば、あなたが労働者かエリートか。アメリカ人または外国人か、などの区別分けが行われている。

現実の移民問題の起因は単純化できるものではなく、移民によるアメリカ経済の助長がされる一方、移民によって作り出される、下層階級の創造などの複雑化された問題があることはいうまでもない。

 

第二に、そして最も重要なのは、アイデンティティ政治は本質的において分裂の政治だということだ。

移民や経済問題、国家安全保障のような重要な政治問題については、全国民が皆同じく立ち向かわなくてはならないのにだ。違法滞在する移民が存在する事実はあるものの、それらの人々は少数であり、大多数の移民はアメリカ経済の成長への手助けになっている。

トランプでなく誰が行う場合であっても、アイデンティティ政治は、国全体の一体感を喪失させて、不信感や不満を生み出す。人の肌の色、所得、市民権などを政治によって定義することは現実的ではなく、反対勢力からのデモや暴動を引き起こす要因となってしまうのである。

 

www.nytimes.com